diary:2014/8/12tu

投稿日: カテゴリー: diary
うちのすぐそばにある十字路はちょうど中野区、新宿区、豊島区、
練馬区と4つの区の外れに位置していて、僕は勝手に「くにざかい
クロスロード」と呼んでいます。
今の時期は道を渡れば趣の違った4つの盆踊り大会を楽しめます。
娘が通っていた小学校のプールは飛び込んだ時点では豊島区で泳ぎ
きると練馬区でした。区をまたぐ25メートル遠泳です。

福島第一原発に近い富岡町では路地一本隔ててあっちは出入り禁止、
こっちは出入り自由だって場所があるらしいんです。
常々思っているのですが、放射能に市町村の区分けであるとか県境
とかいったい何の意味があるんですかね。
隣同士なのに双葉や浪江はダメで南相馬は大丈夫だなんてことは僕
はありえないと思うし、福島はダメで宮城や栃木はオッケーだなん
てこともありえない。白線から入らないで下さいって言っても聞く
相手じゃないですから。

当初は帰宅困難区域と言ってた場所がそのうち住居制限区域って言
い方に変わり徐々に徐々に警戒区域のラインは緩められて、しまい
にはもう帰ってもいいよってことになる。
国は除染にはあまりにも金がかかりすぎるし、かといって放ったら
かしておけば文句言われっぱなしだし、だから国にとって故郷に帰り
たいって人たちや町おこしのボランティアなどは実のところ大歓迎で
あり渡りに船なわけです。帰りたいという切なる思いを逆手にとって、
ちょっとずつハードルを低くしていき、あとは見て見ぬ振り。あえて
帰町や帰村を止めない。労せず元のサヤに戻せる。
要するに「なかったことにする」ってことです。

見えないというのは恐ろしいもんで人が集まってくれば、なんだ平気
じゃねぇかってことになる。汚染した地下水を浄化して目の前の海に
流すって聞いてもなにも感じなくなる。
すぐそばで行われている解体作業で舞う粉塵や燃料棒の取り出しに対
する危機感もどんどん薄れて行く。結局事故前と同じなわけです。
安全神話の中で暮らしていた頃となんら変わらない。思うつぼです。

本来国は罵詈雑言を浴びせられても体張って止めなくちゃいけない。
大人たちは子供等の首根っこ捕まえてあそこには絶対近づくなって
叩き込まなきゃいけない。
子供の頃、行っちゃいけない場所ってのがありました。
親たちは時にひっぱたいてでも子にそれを伝えました。
ことさら悲観的に言うつもりはないんです。
三年半前、日本のある地域がそういう場所になってしまったという
こと。それを作り出したのは我々日本人であるということ。
それを心から悔い、認めることからしか何も始まらないということ。
だから誤摩化しちゃいけない。子供に嘘をついちゃいけないんです。
オラが町を悪く言うなというのは勝手だけれど、まだ何もわかって
もいないのにこっちの水は甘いぞ的なことは言うべきじゃない。
人が勝手に引いた「くにざかい」など何の意味もないんです。

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